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清志郎ワールドに触れた妻がうらやましい [音楽・芸能]

きょうは清志郎さんの葬儀がありました。未発表曲が流れる厳かな雰囲気だったようです。
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妻はがん発覚の直前のコンサートに行ったことがあり、鮮烈な経験だった、と言ってます。
もう、ぼくはその世界を味わうことができないのかと思うと、こんなにさびしいことはない。
何年も行きたかったのに…、ついに永遠にその機会を失ってしまった、という思いです。

さて、大学を卒業したころ、僕が編集長を務めて、発刊していた小さなミニコミ誌がありました。
「風に吹かれて」という題は、ボブ・ディランの曲名からとり、発行部数150部ほどだったかな。

月刊だった第10号の巻頭記事で、僕は「covers」発売停止問題について触れています。
1988年。RCサクセションがリリース予定の洋楽のカバーアルバムの一部に不適切な歌詞があるとして、
発売元の東芝EMIが発売停止とし、世論の後押しもあり別の会社からのリリースとなった問題でした。

「不適切な歌詞」とは反核、反原発に触れた部分。親会社の東芝は原発産業に携わってました。

で、ぼくの記事というのは、いま読み返すと、恥ずかしくて顔から火が噴きでそうなんですが…。

「いったんは発売停止になった『covers』を発売に踏みきらせたのは、政治の力ではない。
不条理な圧力に対しては、身を震わせて、歯をくいしばって抗議したい。
冷え切ったイデオロギーよりも、若者たちの血が政治をかえることだって、不可能ではないと思う」

こんな手垢のついた文章より、なぜもっと率直に音楽について感想を書いてないのでしょうね。

妻の話を聞いていて、面白いなと思ったのは、清志郎さんのコンサートの素晴らしかったところは、
パンクの服装をした若者から、普通の背広姿のサラリーマンまで、実に多様な人たちが、
心を一つに清志郎ワールドに酔いしれていた…、というところ。

ぼく、日本のコンサート(球場もですけど)、聴くスタイルを強制された世界って、だ~い嫌いで、
これって、ある意味、ロックコンサートの理想的なかたちだと思うんですよね。

それだけに清志郎さんの世界に一度も触れることができなかったのは残念でなりません。

                           ♪

きょうは夕方、妻とキロ6分半でゆっくり武庫川河川敷。河口まで1時間10分かけて、10.8キロ。
今月累計では61.2キロ。体重68.4キロ。各地のウルトラ。仲間の結果を見ると刺激を受けます。                           
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草彅クンの泥酔騒動…外野席の方が見苦しい [音楽・芸能]

警察官に「飲んで、裸になって騒いでどこが悪い」と名言を吐いた草彅クンの騒動は、
金曜日夜の謝罪会見をもって、ほぼ収束を見ました。彼のファンでもあるだけに、
報道が過熱した昨日朝から、事の成り行きをドキドキして見守っていましたが…。

酔っぱらって、無人の公園で騒いだぐらいで、なんで家宅捜索を受けるのか、
釈然としませんでしたが、それでも何も出てこなかった時は、正直ホッとしました。
今夜の会見も「決して、泣いたりしてはいけないよ」と見守りましたが、立派でした。
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特にランナーの世界なんて、酔って裸になるくらいの奴らは僕の周囲だけでも沢山居て、
それも、同席の女性を意識して、「見せたい!!」という願望を持っている男なんぞは、
今回の件とは比べようもないくらい、悪質(身に覚えがあるそこのアナタ!!)なわけですから…。

で、今回の騒動で見苦しかったのは、政治家やマスコミを含めた外野席の面々。
地デジ放送推進の担当省庁のボスである鳩山某は、草彅をさして「最低の人間」と言い、
さらに抗議の電話を受けて、きょうになってその発言を撤回するという有り様。見苦しい。

「地デジ」で裏切られた立場のNHKなんぞは、発生当時からかなりの長い時間を割いて、
このニュースを報じ続けました。憎らしかったとはいえ、ほかに報じることはなかったのか。

悪いやつを悪いと言い、人気取りを意識する政治家や、ちょっとピントがずれたマスコミ。
今回の騒動。一番見苦しかったのは、どう見ても外野席でした。

                     ♪

木曜日夜はチームアジアの練習会で大阪城公園の4.5キロコースを3周、1時間2分でした。
最初の一周はキロ4分40秒くらい。その後スピードを上げ、最後はキロ3分40秒まで。
金曜日は午前中に武庫川河川敷を河口、JR高架まで11.4キロ。1時間2分でした。

今月累計では348.4キロ。体重は69.0キロ。今週末は妻の引っ越しでばたばたします。

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わが心の大河ドラマ [音楽・芸能]

大河ドラマ「風林火山」が終わりました。いよいよ年の瀬が迫ってきましたね。
4年前から、わたくし自身の勤務が、外勤記者から内勤に替わり、
日曜の夜に自宅にいることが増え、03年の「武蔵」からは、見るようになりました。

「風林火山」は内野聖陽が好きで、楽しませていただきましたが、
ガクトはともかく、緒方拳や、仲代達矢、千葉真一や伊武雅刀 など、
大物を惜しげもなく使うとこが、さすがはNHKだと感心しました。

ただ、昨夜の川中島の合戦のシーンは、ちょびっと、がっかりさせられました。
信玄があんなだだっ広い野原で、ぽつっと座っているなんて不自然です。

大河ドラマで、ぼくが最も印象に残っているのは1975年の「風と雲と虹と」です。
平安時代に朝廷に反旗を翻して、独立国の新皇を名乗った平将門の一代記。
主役は加藤剛で、準主役は「風林火山」で宇佐美定満を好演していた緒方拳。

重税に苦しむ地方に目を向けない朝廷への批判が物語のベースにありました。

なんと、いまから33年前で、ぼくは滋賀の田舎の小学6年生でした。
ぼくがお小遣いで初めて買ったレコードは加藤剛が歌うドラマ主題歌のシングル。

ドラマの最終回。露口茂演じる田原藤太が率いる朝廷の鎮圧軍との戦いで、
流れ矢が将門の額に命中するシーンは、子どもながら、悔しくて、涙がこぼれて。

「小学生のくせに大河ドラマなんて」とお思いの皆さん。私の父親はテレビに厳しく、
ナイター中継と大河ドラマ、一部のクイズ番組以外は視聴禁止だったんです。
日曜日夜の大河ドラマは、テレビの前に10分前から正座して待っていました。 

思えば、いまだに、スポーツと時代劇が好きなのは、父親の影響です。
その父親は、僕が社会人になってすぐ亡くなって、今月でちょうど20年になります。
大河ドラマがクライマックスを迎えると、いつも父親のことを切なく思い出します。

        ♪       ♪       ♪

けさは白石サイクリングロードを、北広島市境まで往復15.0キロ。
札幌はこの週末にたんまりと雪がふり、その上に除雪車が入って、
大変走りやすい状態になりました。キロ5分50秒ペースでジョギング。

今月累計212.9キロ。体重は69.2キロ。

黒田博樹のドジャース入団が決まりました。悲しく、辛いけれど、がんばれ!!がんばれ!!


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「ハゲタカ」にはまった [音楽・芸能]

夫婦そろって、テレビドラマというものにほとんど縁がないんです。
ぼくはいわゆるゴールデンタイムはほぼ仕事で、非番の時はだいたい飲んでるし。
テレビドラマを見ながら家庭団らんというのに、なんだかあこがれちゃうんだよな。

というぼくでも、時々はドラマにはまります。だいたい年に一本のペースでしょうか。
最近では、長瀬智也、岡田准一「タイガー&ドラゴン」、佐藤浩市、大森南朗の「クライマーズハイ」。
いずれもDVDまで購入し、突然衝動にかられて、深夜などに見始めて、妻に不思議がられています。

で、先週日曜日に再放送が始まったNHK「ハゲタカ」にはまってしまいました。
初回放送は今年2月17日~3月24日でした。全6話。このときは見逃していました。
察しのいい方々はもうお分かりかも…。上の2本も合わせて、いずれも大森南朗君が出演しています。

バブル経済崩壊後、日本の大手銀行を退職した鷲津(大森)が、米国の投資ファンドに入り、
数年後、「日本を買いたたけ」という指令を得て、このファンドの日本法人の代表として来日する。
立ち向かうのは鷲津の大手銀行時代の上司、芝野(柴田恭兵)。
ハゲタカから日本企業を守ろうと奔走する芝野はその後、立場を変えながら鷲津と対決していく。

大森南朗君がいいのはクールであり、冷徹であり、でも意思が強く、ハートがあたたかく、という役割を、
うまく、したたかに演じきれるところ。このドラマでも冷徹にハゲタカの役割を演じていたかと思えば、
冷徹になりきれない局面が訪れて、米国の本社に反旗を翻して、やがて首を切られてしまう。

ドラマを彩っているのはテレビ局の経済記者、三島(栗山千明)。なんて美しくて、色っぽい。
このひと、「死国」「バトルロワイヤル」とかホラー系の出演が多く、
ホラーを見たことがないぼくとしては、意識したことすらなかったんだけど。

社内から受ける男性からのやっかみや、スクープをつかまされて「利用されてるんじゃ」と悩む姿などは、
普段、本物の女性記者と接している立場からわたくしから見ても、本物以上にリアリティーがある!!

ひとつ、けちを付けると、鷲津に買い叩かれた老舗旅館のせがれ(松田龍平)が、
その後、ITベンチャー企業の社長として、鷲津に立ち向かっていくところ。
やや無理があって、リアリティーに欠けるのだけど、ここまでの設定必要だったかしら。

今朝はランニングを再開。気温は28度で快晴。風があり気持ちよく走れましたよ。
白石サイクリングロードを北広島市境~アサヒビール間17.0キロ。
往路はキロ5分15秒、復路はキロ5分からキロ4分まで上げるビルドアップ走でした。
今月累計326.3キロ。400キロ、見えてきたかな。体重は69.8キロ。


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ほろ苦い記憶とチューリップ [音楽・芸能]

自らが生きたある時代を、特定の音楽とともに思い出すということは、よくあることなのでしょう。
いまから25年前、滋賀の高校から大阪の大学に進み、新聞販売店に住み込みをしながら、
大学生活をスタートさせたころの、ややほろ苦い日々は「チューリップ」の音楽とともに思い出します。

昨夜、会社で仕事を終えた時間に、思いがけずNHKでチューリップの特番が流れてました。
「銀の指輪」「サボテンの花」「ぼくがつくった愛のうた」「虹とスニーカーの頃」
どのメロディーも、なにかしら鳥肌が立つように、胸を揺り動かせます。

1982年。何気なく入った文化財散策系のサークルで、年上の女性の先輩に瞬間的に恋をしました。
必ず彼女を中心に輪ができていたほどの人気者で、後輩の面倒見もよかったのでした。
その先輩が愛していたのが「チューリップ」の財津和夫さん。
先輩と共通の話題も持ちたい、できれば一緒にコンサートも行きたい。
その一心で、新聞配達の給料が出るたびに過去のLPレコードを一枚一枚買い足していました。

都会でひとり暮らしを始めたばかり。若いわたくしは、先輩が好きであることを無邪気に公言し、
胸がつかえるような思い詰めた感情を酒とともに周囲にぶつけては、毎夜のように自己嫌悪に陥っていました。
あまりに粗野であまりに配慮に欠け、最初からかなう見込みなどなかった恋だったのかもしれません。
結局は、正直な感情を直接伝える機会もないまま、先輩は卒業していったのでした。

それでも、財津さんのあの甘い歌声を聞くと、この時代のことを必ず思い出します。

チューリップは1989年に一度解散しますが、1997年に再結成され、ツアーを中心に活動を続けていました。

そして今年12月に出身地の福岡市で行うコンサートで、足掛け35年に及んだ演奏活動に幕を下ろすようです。
この5月には18年ぶりのオリジナルアルバムが発売される予定なのだとか。楽しみです。

きょうの札幌は冷たい雨。朝方、やや小降りになった時を見計らって白石サイクリングロードを走りました。
青葉中央通り~環状通間、往復16.0キロを1時間27分。
往路キロ5分30秒、復路キロ5分10~20秒。今月累計421.0キロ。体重は69.4キロ。


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つぎはぎニュース [音楽・芸能]

新聞記者という仕事についてから、見なくなったテレビ番組がいくつかある。
「笑っていいとも」はそのひとつだ。
なぜかというと、同じ時間にNHKニュースが流れているからで、新聞記者である以上、お昼のテレビニュースを見ながら、世の中の出来事をチェックするのが習慣となってしまう。

「笑っていいとも」を見ていないから、ここ20年ぐらいはタモリの動向をほとんど知らない。
実は高校から大学にかけては、かなり熱心なファンだった。
「中洲産業大学教授」「ハナモゲラ語」「イグアナのモノマネ」
どれもいとおしく懐かしい。
思いがけず、ナイアガラ・マラソンクラブの川辺会長が、当時の芸の集大成のCD「TAMORI」(1995年)を持っていたので、それとなく聴くことにiなった。

特に懐かしくて、おかしくて、腹をかかえて笑ったのが、でたらめ外国語を駆使した「テーブルゲーム世界選手権大会」。米国人、中国人、韓国人、ベトナム人の4人がマージャンしている様子を模写したのだが、ちょんぼを巡って徐々にエキサイトしていく。「ハナモゲラ相撲中継」も秀逸。
何年たっても、芸が色あせないというのはこういうことか、と思った。

これで思い出したのはタモリのオールナイトニッポン(1976年10月~83年9月)で「幻のコーナー」と呼ばれた「つぎはぎニュース」(80年11月スタート)だ。リスナーがNHKのラジオニュースを録音、つぎはぎ編集して投稿し、秀作がオンエアーされた。
僕は当時、高校2年生で受験勉強に取り掛かったころ。無機質なアナウンサーの声と内容のギャップがたまらなくおかしくて、毎週水曜日が楽しみでならなかった。

ところがこのコーナーは、NHKから抗議を受けてわずか2ヶ月で取りやめになった。
こんないきさつもあって、つぎはぎニュースは「TAMORI」にも収録はされていないのだが、
ネット社会というのはありがたい(恐ろしい)もので、当時の音源が出回っていた。
http://www.geocities.jp/tamori_news/

深夜テレビの「タモリ倶楽部」の存在は知っているが、タモリの毒々しさは遠い過去のことなのだろうなあと、ずっと思っていた。
ところが、昨年のライブドアによるニッポン放送株取得騒動の際、タモリは「仮にニッポン放送がライブドアに買収された場合は、ニッポン放送への出演を取りやめる」と公言していたと知った。
もし、司会者の道など選ばず、芸を磨いていたらどうなっていただろう。
ビートたけしなど、超える存在になっていたのかも、などと想像せずにはいられない。

さてきょうは、土曜日に買った雪上シューズの試走も兼ねて、出勤前に白石サイクリングロードを北広島市境まで14.6キロ。ここにも除雪車が入るのだけど、事実上は歩行者専用道路となるのでかなりでこぼこな路面となる。砂浜みたいに、けり足はしばしば雪の中に入り込む。

ひざと腰がかなり鍛えられそうだ。
1時間半かけて14.6キロ(キロ6分ペース)。今月累計101.4キロ。体重は71.4キロ。

前にも紹介したナナカマドの実に雪がちょこんと乗っかってとてもかわいい。


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ジョンの魂 [音楽・芸能]

歳を重ねるにつれ、日ごろは目先のことしか考えずに過ごすことが多くなった、とつくづく思う。
理想を追求するとか、広く世界のことを考えるなんて、いつの間にか遠くなっちゃったなあ、と。
こんなぼくでも一年に1度、この日くらいは、自分のありように思いをめぐらしてみる。

12月8日。ジョン・レノンの命日である。
田舎に生まれたこともあり、洋楽への目覚めが異様に遅かったのだが、中学のころにビートルズを聴き始めて、高校時代にジョン・レノンにたどり着いた。
そしてぼくが高校2年の冬、ジョンが撃たれた。

まず政治的な思想に引かれ、「ゴッド」「ワーキングクラス・ヒーロー」「パワー・トゥー・ザ・ピープル」「ギブ・ピース・ア・チャンス」などメッセージ性の高い音楽ににしびれた。次いで「ウーマン」や「スターティング・オーバー」など、男性として最愛の女性に向ける感情を語るジョンに引き込まれた。

ビートルズ解散以降の、ジョンの作風や思想は目くるめく変化していく。
左翼運動に傾倒し、米国政府に追い詰められ、やがて運動に絶望し、ヨーコとも別居して、酒やドラッグにおぼれる。そして、再びヨーコと出会って、音楽活動を休止し、ハウス・ハズバンド(主夫)として子育てに専念する。

「人は何かをつかむや、たやすく手に入るものをつかんでいるのに、それが人生のすべてだと思ってしまう。(略)不幸にもたいていの人はたやすく手に入るものでも、見つけるとそれに固執してしまう。時間の無駄だと思う。たやすく手に入るものなどありはしない。ただもう動き回って、変化していくのが一番だ。人生ってそれだけさ」(1975年、「愛と芸術 革命家ジョン・レノン」より)

大きくぶれつつ、世間の批判にさらされながらも、ひとつのところにとどまることなく、真理を追い続けようとした姿に敬意とともに愛しさを感じる。
いつの間にか、ジョンの年齢を超えてしまったが、彼のメッセージは、たとえ同じ言葉でも、その時々の自分に別の意味合いを込めて届いているような気がする。
だから、一年に一度は立ち止まって彼のメッセージを聞きたいという気持ちになるのだと思う。
きょう一日は詩集を持ち歩き、可能な限り改めて目を通してみようと思う。

先週末の那覇マラソンに参加していたナイアガラの副会長、「カツオ」ことミヤオカさんから、お土産の「かりゆしウェア」を妻とペアでいただきました。ナイアガラのアイドル、めいちゃんからは宮古島の「雪塩」も。ありがとうございました。


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