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洞爺湖畔の宿「Riposo」でイタリアンとカエルの合唱を愉しむ [北のくにから]

洞爺湖マラソンの前夜に宿泊したのは、湖の北側の「洞爺水の駅」に近いゲストハウスでした。
「Riposo」(リポーゾ)。東京で小学校校長を退職されたご主人と、人柄のいい奥様が経営しておられ、
昨年春にオープンしたばかり。湖畔からすぐの、わずか3室の静かな宿です。
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名物は夜のイタリアンのフルコース。この日のメーンは「黄金豚ヒレ肉のミラノ風カツレツ」。
そしてパスタは「噴火湾産ホタテとトマトのクリームソース」。北海道の食材のオンパレードで、
ぼくにとっては北海道での久しぶりの夜をとてもリラックスして過ごせました。
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で、2人でワイン2本とやや(かなり)飲み過ぎてしまったわけですが、
ま、これがレースに影響したのかどうかは別にして…。

2階の部屋からは菜の花畑ごしに洞爺湖、そして中島がたいへん凛々しく見渡せて、
そして驚いたのは夜です。カエルたちの合唱が、けたたましくて、愛らしくて。

そしてマラソン当日は会場まで車で送ってもらっただけでなく、
宿の真下の32キロ地点で「北村さんがんばれ!!」と書いた横断幕を用意してくれていました。

30キロで気持ちが切れたぼくは情けないやら、恥ずかしいやらでお礼をして通り過ぎましたが、
妻はここでとても元気をもらって、終盤のレースに突入し、いい結果につながったようです。

ご主人、そして奥様、ありがとうございました。北海道の皆様、たいへんお薦めの宿ですよ。

                            ♪

木曜日夜に「チームアジア」の練習会で妻と大阪城公園を2周(一周4.5キロ)と3キロ。計12キロ。
最初の一周はキロ5分半、次の一周はキロ4分45秒、最後の3キロはキロ4分走でした。

土日が勤務なので、金曜日は休みにして、妻と箕面にトレイルラン。2時間10分、27.2キロ。
これはまた後日、このブログで。今月累計では393.9キロ。体重は68.8キロ。

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雪虫舞う札幌から大阪に戻りました [北のくにから]

土曜日から2泊3日で札幌出張でした。来年のセンバツにつながる秋季高校野球の北海道地区大会。
札幌円山球場で日曜日に準決勝があり、きょう月曜日の決勝で鵡川が北海学園札幌を3-1で降しました。
両チームともにきびきびとした守備が印象的で、引き締まった好ゲームでしたよ。

ユキムシがふわふわと舞う札幌から、最終便の飛行機で大阪に戻り、あしたからは通常業務に戻ります。

先々週末の広島に始まり、秋田、台湾、札幌と続いた旅暮らしもようやく終わりを迎えました。
このわずか10日ほどの間に、広島市民球場に始まり、台北新荘球場、そして札幌円山球場と、
天然芝にオープンエアの美しい球場で、じっくりと野球観戦ができたのは大変幸せな経験になりました。
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札幌円山球場から間近に見える藻岩山、双子山、円山原始林など札幌近郊の山々も、
日を追うごとに黄色く色づいて、街中の街路樹のポプラ、プラタナス、ニセアカシアも落葉はすぐです。

札幌の素晴らしいところは都会なのに、すぐに自然が迫っているところ。球場はまさにその接点にあり、
山懐に温かく包まれています。札幌ドームの喧騒とは違って、静かに野球観戦できる環境にあり、
ここを愛されている方々も、ややご高齢の野球ファンが多いようです。
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さてさて円山球場の名物といえば、内野スタンド下の食堂のカレーライス。私もカツカレーを頂きましたよ。
650円。ジャガイモがごろりとして、マイルドで素朴な味。つまり家庭の味ですな。
近しいB級グルメ記者の取材では、味のベースは食堂内のメニューにあるラーメンのスープだそうです。

夜は秋がうんと深まった札幌のグルメをたんと楽しんできましたよ。これは明日のブログで。

                          ♪

水曜日からは台湾報告をする予定です。B級グルメはもちろん、野球観戦、骨董品探し、鉄道小旅行、
博物館巡りと、関心の赴くままに歩き回った4日間でした。付き合ってくれた妻に感謝するしかありません。




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「アスリートの風」放送200回 [北のくにから]

札幌市豊平区のコミュニティーFM局「FMアップル」が放送するランナー番組「アスリートの風」が、
今夜の放送で200回を迎えました。札幌在勤時代に招待ランナーとして3回も出演させていただき、
いろんな意味でランニングの世界にどっぷり浸かることになるきっかけになった番組でした。

「FMアップル」のN社長、熱燗パーソナリティーのひとみちゃん、コメンテーターの斎藤店長、
そして、これまで番組にかかわってこられたすべての皆様、おめでとうございます。

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(写真は今年1月28日の番組出演)

ぼくは日本を代表するランナー情報番組としては、北の「アスリートの風」、
そして、西の「Let's Run」(KBS京都)と、勝手に呼ばせていただいています。

もちろん、放送をラジオで聞くわけにはいかないのだけど、木曜日は会社からまっすぐ帰り、
画像付きのインターネット放送(http://www.765fm.com/)を聞く週が続いています。
ありがたいことに、このところは連続して僕の友人が出演しているんですよね。

番組がいいのは、エリートランナーから、初心者ランナーまで、幅広い層、レベルの人たちが、
おのおのに走る魅力を語っているところ。それをうまく引き出しているヒトミちゃんもさすが。

最初にぼくがこの番組に出た2年前、そのころは月150キロ程度のへなちょこランナーでしたが、
スタジオで質問を受けているうちに、走るのに中途半端にかかわっている自分に腹が立ってきた。
こんな思いをしなければ、サブスリー挑戦もサロマ挑戦もなかったと思うんです。

あらためて、番組出演がランナーとしてのターニングポイントだったなあ、なんて、
きょう番組を聞いていて、ほんとに「200回、おめでとう」という気持ちにあふれてきました。

いつか、また番組に呼んでもらえれば…。そんな思いを胸に走り続けていければいいな。

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ありがとう北海道 [北のくにから]

きょうお昼の飛行機で、新千歳から神戸に赴きます。妻は月曜日に札幌に戻ります。
今夜は滋賀の実家に泊まり、あしたは新居で引っ越し作業です。
札幌は寒い朝。きのうに続いて、うっすら雪化粧しました。なごり雪だな。
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三年前、札幌で迎えた最初の朝は春の大雪で、驚いたことを思い出しました。

さて、異動が決まってから、北海道のおいしいものをたくさんいただきました。
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きのうはお気に入りの、北18条の寿司焼き鳥「おしどり」で、
会社の若い記者二人と最後の宴でした。安くて、うまい。お薦めのお店です。

それにしても、出かける時間が迫っているのに、パソコンの前に座って、
北海道を去る実感がいまになって湧いてきて、しみじみと考え込んで…。
そう言えば、最近、口の悪い走友に「センチなお坊ちゃま」などと言われましたが。

希望して北海道で働いて、いまはいい思い出しか思い浮かびません。
会社での仕事の経験も、妻との出会いも、多くの友人と知り合えたことも、
このブログを始めたことも、そしてランナーとしても貴重な経験ができた三年でした。

北海道の皆様、知り合えたすべての皆様にいまは「ありがとう」と言うだけです。
時々、北海道に戻ってきます。いつか、ここでまたくらすこともあるかもしれません。

だから「さよなら」ではありませんね。皆さん、再会できるのを楽しみにしています。


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きっと雪が恋しくなる [北のくにから]

ぼくが生まれ育った滋賀県の琵琶湖の東部、いわゆる「湖東」と呼ばれる地域は、
JR東海道線の近江八幡、安土あたりを境に南北で雪の量がかなり違います。
歴史好きの人ならよくご存じの安土山、織田信長が七層の天守閣を建てたことで有名です。

わずか150メートル足らずの安土山トンネルを越えて、故郷の東近江市(旧能登川町)に入ると、
どっさりと雪が積もっている、という光景は、子供心に「雪っておもしろいなあ」と思わせました。
積雪30センチほどに達する日が、ひと冬に4、5回はあったかな。大雪がふると興奮しました。

大雪の朝はしーんとした静けさに覆われ、外を見なくても、雪が積もった感じがわかるんです。

ですから、5年前に秋田に転勤になったときは雪国デビューがとてもうれしくて、
そして、いまの札幌暮らしにつながっています。冬の時期に道内を列車で移動するのが好きなのは、
そんな雪景色を飽きるほど眺めていられるからかもしれません。
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それに冬の間も屋内施設ではなく、雪のうえを走っているのは、この性分と無関係でないようです。

11月にまず雪虫が舞って、いよいよ冬が近づいた頃にはひどく陰鬱な気持ちに悩まされるのに、
12月も半ばに入って根雪になり始めると、長い冬に向けてだんだんと覚悟がすわってくる。
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かといって、ぼくみたいな雪好きでも、やっぱり春は待ち遠しいし、どこかうきうきする。
雪国暮らしの妙は、季節の移り変わりを生活のリズムとして楽しめることかもしれませんね。
マンション暮らしで、雪かきの重労働から解放されているから、こんなのんきなことも言えるんですが。

冬を楽しむすべをせっかく身につけたのに、そんな雪国生活にまもなく、ピリオドが打たれます。

暖気で緩む雪をみていると、きっと大阪で最初の冬を迎えたときに雪が恋しくなるだろうなと思います。
おりしも、きょうの札幌は久しぶりに雪が舞い散っています。「なごり雪」なんて歌もありましたね。
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北海道を離れることになりました [北のくにから]

サラリーマンである以上、いつかはこの日が訪れるわけですが、
思い出多き3年間を過ごした札幌をこの春、離れることになりました。
2003年の春に東京を離れ、秋田、札幌と北国で計5年を過ごしたわけですが、
昨日26日の異動内示で大阪本社勤務を仰せつかりました。

仕事はスポーツ全般を担当する運動部デスクです。

北海道は、鉄道で訪れた高校時代から憧れ、勤務を希望した土地であり、
本格的にランニングを始め、そして妻と出会った場所でした。
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東京から秋田に異動するときに、当時の上司から
「支局勤務は人生を見つめ直し、生きていくリズムが変わる機会になる」
などと言われて送り出されましたが、まさしくその通りになりました。

大阪は大学の4年間とその後のプー太郎時代、最初に勤めた会社まで、
5年間を過ごした思い出の深い土地です。20年を経て帰ることになりました。

妻は仕事の都合もあり、一年遅れて来年の春に越してくることになります。
北海道以外で暮らしたことがない妻には、ぼく以上に感慨の深い出来事のようです。

札幌での生活はあと一ヶ月ほどになります。あわただしくなりますが、
再訪したいお店や温泉など、時間を大切にして過ごしたいと思っています。

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雪に閉じ込められました [北のくにから]

言うまでもなく、北海道の生活は公的機関による除雪がベースになっていますが、
この週末はそれを改めて、認識しました。三陸沖で発達した大型低気圧。
関東地方の春一番を演出したようですが、北海道には暴風雪をもたらしました。

札幌周辺でもあちこちで車が吹きだまりに立ち往生して、犠牲になった方もおられたようです。

さて、わたくしは土曜日から一泊二日でニセコまでスキーに行ってきました。

「チームからふる」の恒例のスキー合宿に同行させていただいたのですが、
土曜日滑って、ロッジに一泊して、日曜日の早朝に帰宅し、そのまま勤務につく予定でした。

ところがそのロッジが土曜夜から日曜夕にかけて陸の孤島となり、まったく動けなくなりました。
幹線道路からの100メートルほどの取り付け道路が完全に雪で埋まってしまい、
その幹線道路も、高さ4メートルほどの吹き溜まりができて集落から寸断されてしまいました。

日曜の朝になんとか、雪のなかを徒歩で漕いで脱出しようと試みましたが、
幹線道路の雪の壁はいかんともしがたく、しかも札幌に向かうバスもストップしていると聞き、
やもなく、ロッジに引き返し、日が傾くころまでひたすら除雪を待ちました。

その日の仕事を同僚に代わってもらい、今晩もここに泊まるのだなと覚悟したころ、
近くに吹き溜まりに乗り上げた車があると聞き、ロッジにいた皆で救出に向かいました。
ロッジに戻ると、待ちかねていた除雪が入り、夜に札幌に戻りました。因果応報ってやつですな。

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しかし北海道の社会生活というのは、厳しい自然に対し、あまりに脆弱であると再認識しました。
あと、人間、いったん開き直ると社会生活というのはどうでもよくなってしまうのか、
友人が「なんだ、帰れるんだ」と残念そうに漏らしたのには、思わず同情してしまいましたよ。

           ♪          ♪         ♪

というわけで本日は出勤前に3日ぶりのラン。白石サイクリングロードを2時間4分かけて、
東札幌~北広島市境間22.3キロ。札幌は氷点下12度とこの冬一番の冷え込みとなりましたが、
よくしまった雪の上を快適に走れました。今月累計310.7キロ。体重は71.6キロ。また太った。


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ワインを嗜んだ「オホーツク人」 [北のくにから]

東京マラソンが近づいてきましたね。きょう、あす、東京入りされる方も多いと思いますが、
東京の日曜の予報は最高8度、最低0度。幸い、昨年のような雨は降らないようですが、
風には注意してくださいね。特に銀座を過ぎて海に向かう33キロを過ぎて、ぐっと冷えますから。

さて、東京マラソンに振られてしまったぼくとしては、まだ網走ねたが続きます。
流氷船やワッカと並んで、訪れるのを楽しみにしていたのはモヨロ貝塚でした。
市街地から近く、網走川の左岸河口にあり、妻の実家から20分のジョグでたどり着けます。

このモヨロ貝塚は、普通の貝塚とはちょっと違う。ただものではありません。

縄文時代から600年前ごろにかけての、長い時代の遺構が重なって見られるんですけど、
おもしろいことに、1500年前、日本の奈良時代のあたりから、800年前ごろにかけての地層からは、
土器も、埋葬された人骨の体型も、日本固有のものと異なったものが出土しています。

これらの土器はアムール川下流域のものに似ているだけでなく、
埋葬された人間の骨格も、このころの日本のものより長身で、頭蓋骨の幅が狭いそうです。
アムール川がかかわっているのは、流氷だけではなかったんですね。

つまり、航海術にすぐれて、漁労を得意としたアムール下流域の人たちが、
この時期に南下してきて、オホーツク沿岸で独自の豊かな文化を形成したのだそうです。

アイヌとは明確に区別されており、オホーツク文化人などと呼ばれます。

オホーツク文化を愛された司馬遼太郎さんの「街道をゆく オホーツク街道」(朝日文庫)によると、
モヨロ貝塚で出土した土器には、ワイン生成の過程でできる酒石酸という物質が確認されたそうで、
つまり、オホーツク人は古代から網走の地で山ぶどうから醸造したワインを嗜んでいた。

オホーツク人の存在を昭和初めに解明したのは、理髪師だった米村喜男衛さん。
在野の学者で、権威がなかっただけに米村さんの発見も最初は役所に相手にされなかったそうです。
その熱意がやがて東大や北大の学者を動かして、世に知られることになったのだとか。

ジョグの帰りに、この米村さんの収集物をもとに設けられた網走市立郷土博物館にも足を伸ばしました。
昭和初期の立派な建築で、米村さんの「網走の地に文化を」という思いがこめられたそうですが、
残念なことに開館当初から展示はそのままとみえ、氏の遺志を継ごうという気概は感じられない。

ぼく「古人の跡を求めず、古人の求めたるところを求めよ」(松尾芭蕉)という言葉が好きなんですが、
宝の持ち腐れとはこのことか、と、その夜、教育者でもある義父さんとはそんな話で飲みました。


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流氷で科学をまなぶ [北のくにから]

月曜から妻の実家がある網走に滞在し、水曜朝の特急で札幌に戻りました。今朝の最低は氷点下14度。
目的はいろいろとあったのだけど、例年になく密度が濃く沿岸近くに居座っている流氷見物は欠かせません。
実は昨年もこの時期に、網走港発着の流氷観光船「おーろら号」に乗った話をブログに書いたのだけど、

おーろら号って1時間の航海で3000円もするのだけど、今年もどうしても見たくて足を運びました。

ところで流氷は、アムール川から流れ込んだ、塩分濃度が低い海水が凍ったもの、と言うのが定説でしたが、
最近では、サハリン沿岸のテルペニア湾でできた氷の膜が、北風で南に運ばれ、
やがて、沖合いで厚い氷に成長していく、というのが有力だそうです(1月29日北海道新聞)。

ま、発生のメカニズムはともかく、流氷の規模や密度、接岸日数が年々減っているというのは事実で、
地球温暖化の影響を象徴するものとして、改めてその存在がクローズアップされているようです。

なぜ流氷が好きなのかというと、流氷がオホーツク海特有の条件に大きく影響されているところ。
オホーツク海の海水は、表面の50メートルほどの塩分濃度がきわめて薄いらしく、
塩分濃度が濃い水はその下に潜っているという二重構造になっているそうです。

だからオホーツク海全体では平均水深が830メートルほどあるのに、水の対流が起きにくい。
この構造が維持されるには、北海道と千島列島に囲まれ、外海とは隔てられた地理的構造が不可欠とか。
それに、流氷で地表が冷やされ、空気の対流が起きにくいから冬のオホーツク沿岸は晴れが多いとか。

なぜ地中海のコートダジュールなどと同じ緯度の海で、本来は高緯度にしか見られない海氷が見られるのか。
そのなぞを突き崩していくと、科学や地理のいろんなことがわかる。こういうのなんだか、好きなんだよな。

デリケートな存在なだけに温暖化の影響も受けやすいのだけど、流氷がを見続けられるために、
地球温暖化を少しでも防ぐために何をしなければならないか。改めて、考える機会になりましたよ。

          ♪         ♪         ♪

11日のラン。妻の実家からモヨロ貝塚、網走港を経て、妻の実家まで。1時間22分かけて14.0キロ。
12日のラン。サロマ湖ネイチャーセンターから、ワッカ第2湖口往復。55分かけて9.0キロ。
今月累計158.8キロ。体重は69.8キロ。12日はサロマ湖ウルトラ終盤のワッカを走ってきました。


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青竹で殴られ、小突かれ [北のくにから]

ぼくのような転勤族にとっては、各地のお祭りや奇習を見て歩くのは大きな楽しみなんです。
なまはげのように人生を変えるほどの出会いもあったりで、なかなか侮れないのですが、
小正月にあたるこの時期、前任地の秋田では「かまくら行事」と総称されるお祭りが相次ぎます。

「かまくら」というと横手のかまくらが有名ですが、行事そのものを指す「かまくら」が、その後転じて、
かまくら行事で作られる雪の祠(ほこら)、あるいは雪洞をさすことになったと言われます。

で、行事としての「かまくら」が最も忠実に受け継がれているのは美郷町六郷地区とされています。
いまから3年前、札幌転勤を前にしたこの時期に、勇んで参加した奇祭が「六郷の竹うち」でした。

このお祭り、長さ5メートルの青竹を持った若い衆が「北軍」「南軍」に分かれて合戦をするんです。
おもしろいのは、このお祭り、観光客も飛び入り参加できて、工事用ヘルメットを貸してくれるところ。
で、好奇心だけは旺盛なわたくしは、早々と会場に乗り込み、一番乗りで参加申し込みしたのでした。

「戦いを待つ兵士の気持ちはこんなのだろうか」。恐れを抱きながら、戦いの合図を待っていると、
やがて、ときの声が上がり、会場の神社の境内は人と竹の修羅場となっていきます。

「うおー」とか「わあ」とか言ってみるのだけど、重い竹に振り回されて、まともに振り下ろせず、
そのうちに、ヘルメットが割れんばかりに、ガツンと殴られて軽い脳しんとうを起こしました。

戦いは3回あって、最後は子どもたちが願い事を書いた「天筆」が炎をあげて燃やされます。
そのかがり火に照らされて、男たちの戦いも最高潮を迎えるのですが、このころ、既にぼくは、
何本もの青竹が交錯して膠着状態の中で動けず、やっぱり「うおー」とか叫んでるだけでした。

自分がいた「北軍」は敗れましたが、「南軍」か勝つと米の値段が上がるのだとか。
ちなみにこ「北軍」が勝つと豊作なんだそうです。今年は2月15日の夜に行われます。

この時に買った天筆は大切に持っています。これ見ると、痛みがよみがえってくるんだな。


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