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2011年冬沖縄の旅 ブログトップ

知念城、玉城城、糸数城、具志川城…本島南部のグスク跡を巡る【3】 [2011年冬沖縄の旅]

沖縄訪問最終日は那覇市の東側にある南城市にあるグスク跡を巡りました。いずれも沖縄で最高の霊場とされる世界遺産の斎場御嶽(セーファ・ウタキ)に近く、 琉球国王が拝所巡礼(東御廻り)をしたところとしても知られています。

最初に訪れたのは国道331号から急坂を登った知念城跡。城郭のなかに、本島の東側に浮かぶ久高島の遥拝所(男子禁制だったとか)があって、立派なアーチ門も二つ残っています。大がかりな修復工事の最中でした。

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次に訪れたのは玉城(たまぐすく)城跡。山頂に至る城門は自然石をくりぬいた造りで、主郭の城壁がほぼ完ぺきに残っています。狭い主郭には拝所がいたるところにあり、痕跡がわかりにくいところもあります。城壁に登ると、東側に海、西側がゴルフ場でした。

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最後に訪れたのは糸数城跡で、この日訪れた三つのグスク跡ではもっとも城壁が高く、ダイナミックでした。ここも整備が続いていましたが、中国の13世紀以降の磁器や古銭が多く見つかっているそうです。城跡の北側には集落跡も広範囲に残っていて、世界遺産の今帰仁、座喜味城跡に比べてもも、堅牢な造りが印象的でした。

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初日には本島最南端の喜屋武岬に近い具志川城跡も訪れました。海に向かって南側に突き出した造りですが、沖縄戦の激戦地の一つです。石垣が荒れていて、戦闘の激しさを想像させました。

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                           ♪

日曜日から近くのフィットネスクラブに入会しました。友人には「温室ランナー、デビュー」とからかわれていますが。日曜日は70分走って、13.0キロ。水曜日は60分走って、11.0キロ。今月累計では148キロ。体重は73.4キロ。別大までに体重を70キロを切るレベルまで持っていかなくては。

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勝連城、今帰仁城、安慶名城…本島中部のグスク跡を巡る【2】 [2011年冬沖縄の旅]

昨年冬の沖縄旅行で世界遺産の「座喜味城跡」を訪れてから、グスク跡の曲線美と、自然の地形を生かした一体感に取り付かれています。今回の旅では世界遺産の勝連城跡、今帰仁(なきじん)城跡、座喜味城跡(再訪)を含め、安慶名(あげな)、具志川、知念、玉城、糸数と合計8のグスク跡を訪ねました。

付き合ってくれた妻となおらいに感謝しています。

旅行2日目の木曜日に訪ねたのは勝連城跡(うるま市)、安慶名城跡(同)でした。

勝連城は琉球王朝が成立していく過程で最後まで抵抗した15世紀の有力按司(豪族)、阿麻和利(あまわり)の居城でした。同じく世界遺産の座喜味城、中城城の建立にかかわった護佐丸を滅ぼし、国王の居城だった首里城を攻めたものの敗れて滅びました。ブログ110113②.jpgブログ100113①.jpg

やまとに置き換えると、関ヶ原で西軍を率いた石田三成のような位置づけだったわけですな。

というわけなので、城跡も猛々しい。急斜面の丘の上にあって、三の曲郭より上の城壁は堅牢で、しかも四方に眺望が開けています。南側に貿易港があり、中国大陸との貿易で栄えたとされ、城内からも中国、朝鮮、東南アジアの文物や陶磁器、硬貨が確認されています。

熱帯地域から取り寄せたのでしょうか、オウムを飼っていた痕跡も確認されていたそうです。

3日目金曜日に訪れた今帰仁城跡は今回訪れたグスク跡の中ではもっともメジャーで、桜の名所としても知られているため最近は観光バスのツアー客も多く訪れます。ブログ110113③.jpg ブログ110113④.jpg

訪れた日に今帰仁で最初の琉球寒緋桜が咲いていました。つまり今季、日本でもっともはやい桜ということで、沖縄のテレビのニュースも報じていました。ラッキーでした。ブログ130113④2.jpg

14世紀に北山王が建てたとされ、その後中山王の尚巴志に滅ぼされ支配下に入りました。中山王が派遣した監守が支配する時代が続きましたが、やまとが徳川時代に入ってすぐに薩摩の島津家の軍勢に攻められて炎上し、廃城になりました。

城域が広く、特に東側の曲郭にあたる「志慶真(しけま)郭」が美しい。天然の地形に合わせた曲線美が特徴だけど、城の前面の傾斜は緩く、険しくない。薩摩軍は攻めやすかったかな。

安慶名城跡は今回訪れた8つのグスク跡ではもっとも荒れていました。市街地の都市公園から続く石段が面影を残していて、主郭に続く城門は天然石をくりぬいた威厳ある造りです。ブログ110113⑤.jpg

城壁に矢を放つための狭間が設けられた戦いに即した造りだったようですが、発掘調査は実施されたことがないようです。主郭に登ると、米軍嘉手納基地を発着する戦闘機の爆音が響きました。

2日目木曜日の昼食は安慶名城跡近くの「安慶名そば」。ぼくは三枚肉そば大盛りと、豆腐ともやし炒め、ジューシーの定食(700円)でした。文句なしの量と味、そしてお値段でした。ブログ110113⑥.jpg

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沖縄旅行初日はまずは南部戦跡巡りから【1】 [2011年冬沖縄の旅]

5日水曜日から8日土曜日まで、年末年始の休暇を利用して家族で沖縄旅行でした。城跡(グスク跡)と南部の沖縄戦戦跡、B級グルメ探訪と昨年の沖縄旅行とほぼ目的は同じですが、札幌への帰省を除くと、なおらいにとっては初めての本格的な旅行でした。

旅行は午前8時、関空発那覇行きの飛行機で始まりました。なにしろ乳飲み子連れなので、妻となおらいは前日午後に泉佐野のホテルに入り、わたくしも仕事を終え夜遅くに合流しました。

那覇到着は午前10時10分。レンタカーをピックアップして、まずは昨年と同じく南部に向かいました。激戦地の喜屋武岬には遺族らしい慰霊のかたもおられ、次にやはりひめゆりの塔を再訪しました。観光バスの人波をやり過ごして、妻と静かにお参りをしました。

そのあとで訪れたのはひめゆりの塔にも近い「健児の塔」。ひめゆりの塔は沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校の女生徒たちを慰霊していますが、こちらは沖縄師範学校男子部などの生徒で編成された鉄血勤皇隊を祀った碑です。

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ひめゆりの塔と違って訪れる人も少なく、遠くの波の音を聞きながら照葉樹林の森を歩きます。住民に勝利を信じさせるための情報工作や伝令などの後方任務などについていた13~19歳の少年たちは、動員された教師24人、生徒386人のうち、教師9人、生徒226人が戦死しています。

碑の背後に多くの少年が自決した壕があり、ここから摩文仁の丘に続く小道を強い霊気を感じながら妻と歩きました。ところどころにガマがあって、沖縄戦末期に凄惨な情景があったことを想像させます。

戦跡には土産物屋など必要ない。おのおのが学び、心に刻む。それで十分です。

そのあとで県平和祈念資料館を訪ねました。昨年に続いて2回目ですが、ここに来るときはいつも青空がまぶしい。この日の最高気温は18度まで上がったそうです。ベビーカーでまぶしそうにしていたなおらいは初めての沖縄の「てぃだ」をどう感じたのでしょうか。

ブログ110109③1.jpgブログ110109④.jpg

お昼は前回来た時に閉まっていて入れなかった糸満市喜屋武の家庭料理「三姉妹」でした。わたくしは煮つけ定食、妻は沖縄そばとポークたまごのセット。広めの小上がりはなおらいの絶好の遊び場でした。もちろんおいしかったです。お値段はいずれも700円ほど。(つづく)

                          ♪

日曜日は仕事を済ませた後、城陽市運動公園、木津川左岸、上津谷橋(流れ橋)、木津川右岸、城陽市運動公園を経て自宅に戻る27.0キロ。ちょうど2時間半。今月累計は72キロ。体重72.4キロ。

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