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西国三十三カ所ラン ブログトップ

紀三井寺から粉河寺まで [西国三十三カ所ラン]

土曜日に京セラドームでカープ戦を見た足で、和歌山まで出かけました。
ブログ仲間のNis.さんに、紀三井寺から粉河寺までの巡礼ランをしたいと持ちかけたところ、
お仲間にも誘いをかけてくださり、めりさん、こまめさん、と女性2人も同行でした。

おふたりともウルトラ歴戦のつわものです。めりさんはコースを熟知していらっしゃいます。

Nis.さんのご自宅に泊めていただいたあと、お二人をお迎えして午前10時前にスタート。
まずは和歌山市街地から南に向かい、紀三井寺を目指します。西国第二番札所。
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西国三十三ケ所 第二番札所 紀三井山 金剛宝寺



朱塗りの楼門をくぐると、231段の石段があり、結縁坂(けちえんざか)と呼ばれています。

みかん船で知られる紀伊国屋文左衛門が母親を背負ってこの石段を上っていていて、
草履の鼻緒が切れて困っていたところ、鼻緒をすげ替えてくれた娘とその後結ばれたそうです。
石段は厄除け坂とも呼ばれ、女厄33、男厄42、還暦厄60にちなんで踊り場が設けられているとか。

ご朱印をいただいたあと、和歌山市内を北に向かい、日前宮を経て国道24号に出て、
紀ノ川を渡ります。しばらく東に進んだ小豆島(あずしま)でお昼ごはん。
岩出市内のめりさんのご実家で休憩した後、アップダウンが多い道をさらに東に進みました。

第三番札所の粉河寺(こかわでら)に着いたのは午後3時半ごろでした。
駅から寺に続く道は、愛らしい門前町で、ロング走を締めるにはいいシチュエーションでした。
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この寺には鎌倉時代にお寺の霊験を描いた、国宝の「粉河寺縁起絵巻」があるそうですが、
絵巻の最初の部分は、豊臣秀吉の粉河攻めで類焼した跡が残っているとか。すごい話です。

粉河寺からは、めりさんのお友達に和歌山まで送っていただき、至れり尽くせりなのでした。
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みなさま、ありがとうございました。マラソン談義に花を咲かせながらのラン。たっぷり楽しみましたよ。
走っている時間だけで、4時間40分かけて44.0キロ。今月累計372.4キロ。体重は69.3キロ。

         ♪         ♪         ♪

カープはホームで千葉ロッテとの初戦。5点差をひっくり返して、逆転で3連勝でした。
しかも土曜日に当たりがなかった嶋、緒方に本塁打。浮上のきっかけ、交流戦でつかめるかも。

それから、それからきょうは洞爺湖マラソン。出場されたみなさま、お疲れ様でした。
妻は4時間ちょっとで完走しました。次はサロマ、そして道マラですね。参戦が楽しみです。
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元慶寺から上醍醐寺まで [西国三十三カ所ラン]

火曜日は休日出勤の代休をとり、京都に出かけて西国三十三カ所ランの続きを敢行しました。
ターゲットは京都市山科区。JR甲子園口からJR山科駅までは、びわこ線快速で45分ぐらい。
駅前をスタートして、まずは東山の山並に向かい、20分ほどで元慶寺(がんけいじ)に着きます。
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ここは札所ではありませんが、「番外」として認められている二つの寺院のうちの一つ。

西国巡礼は7世紀に長谷寺(奈良県桜井市)の徳道上人が始めたと言われていますが、
これを10世紀に再興したと伝えられる花山法皇が出家、得度したのがこの元慶寺です。
17歳で即位したけれど、19歳で藤原氏に退位させられたという薄幸の人です。

ここを創建したのは、六歌仙、三十六歌仙の一人として知られる僧正遍昭(そうじょうへんじょう)。
「あまつ風 くものかよひ路 ふきとぢよ をとめのすがた しばしとどめむ」(百人一首)
(風よ。どうか、天に通じる道をふさいでおくれ。天に帰る乙女の姿をとどめておきたいから) 

宮中で若い娘たちの踊りを見て、詠んだそうですが、めろめろだったんでしょうな。わかりやすい。

静かな境内で御朱印を頂き、次に向かったのは第11番札所の上醍醐寺でした。
秀吉晩年の「醍醐の花見」で有名な醍醐寺から、3キロほどの山道を登って、標高差400メートル。
西国では霊場めぐり一番の難所とも言われていたそうです。かつては女人禁制だったとか。
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上醍醐寺



境内には、建物も仏像も国宝がごろごろしていて、なんだか気持も引き締まるのだけど、
お年寄りが多い境内で、タイツとTシャツ姿で汗をたらたら流しているのは異様だったかな。

駅前に戻って、またもやたこ焼き屋でビールを飲み、明るいうちにJRで自宅まで戻りました。
2時間42分かけ、23.0キロ。うち6キロは山道でした。今月累計287.2キロ。体重は68.6キロ。
西国三十三カ所巡りは、番外を含んで7カ所を終えて、5分の1を終えた計算です。

          ♪       ♪         ♪

けさは武庫川河川敷、河口~山陽新幹線間を往復18.2キロ。累計305.4キロ。体重68.6キロ。

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観音正寺から長命寺まで [西国三十三カ所ラン]

大阪は26.5度の夏日。兵庫県の日本海側では30度を超えて、真夏日になったようです。
みなさま、ご存じのように暑さにからきし弱いわたくしにとっては、特別な感慨があります。

そて、滋賀に帰省して二日目の29日(火曜日)も凝りもせず、巡礼ランに出かけました。
というのは、この日15キロばかり走れば、4月の走行距離が400キロを超えるためなんです。

午前8時すぎに実家を出て、まずは三十二番札所の観音正寺に向かいます。
床に敷いた衣をつまみあげたような形をしている、美しい繖山(きぬがさやま)の山頂近くにあり、
標高は432メートル。近江商人の発祥地としてしられる五個荘町(現東近江市)から登ります。
ここも標高差350メートルほど。はあはあ言いながら駆け上って、自宅から45分余りでした。
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観音正寺



観音正寺は聖徳太子の創建で、戦国時代には佐々木六角氏の庇護をうけていました。
佐々木六角氏は織田信長に滅ぼされ、寺もこの時に焼き払われたそうです。
その後再建されましたが、1993年に炎上。いまの御本堂は、4年前に再建されたばかりです。
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眼下には、万葉集に登場する額田王(ぬかたのおおきみ)が二人の皇子との恋を詠んだ歌、
「あかねさす 紫野行き標野行き 野守は見ずや 君が袖振る」で知られる蒲生野が広がります。

ここから山を一気に駆け下りて、滋賀県立安土城考古博物館の脇をすぎると、安土城跡はすぐ。
琵琶湖の内湖にあたる西の湖の北岸を、琵琶湖岸にある三十一番の長命寺に向かいました。
ふもとにはこじんまりとした漁師町があり、ここから808段の石段をはあはあと登ります。
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長命寺



ここも聖徳太子の開基。創建は推古天皇の619年。十七条憲法(604年)の15年後ですな。
お参りを済ませた後は、近江バスで近江八幡駅に戻り、JRで実家に戻りました。
登山道を含めて2時間17分かけて21.0キロ。今月累計406.0キロ、体重69.2キロ

今月はほとんどが一人ランで、なんとか2ケ月連続で400キロ達成。少しは強くなれたかな。
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岩間寺から石山寺まで [西国三十三カ所ラン]

ブログ更新を一日お休みさせていただきまして、滋賀の実家に帰ってきました。
関西を離れて、ほぼ20年近く東日本、北日本を中心に転々としていたものですから、
70歳をすぎた母親は今回の転勤を喜んでいて、ま、月に一回は親孝行らしいことをしようと。

といっても、いろいろ他にも目的はつくっていくわけなんですけれども。

まずは西国三十三カ所めぐり。28日は大津周辺の二つの札所を走って回ってきました。
JR琵琶湖線を石山駅で降り、京阪バスで南郷まで。十二番札所の岩間寺の登山道を登ります。
わずか3キロの間に350メートルの標高差を登る険しい道で、巡礼道でも難所とされるところ。
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ここの御本尊の千手観世音は庶民の苦難を救おうと、毎夜136の地獄ものを駆け巡って、
毎朝汗びっしょりで帰ったと伝えられることから、汗かき観音とも呼ばれています。
境内近くに樹齢1000年を超えるといわれる桂の大木があって、なかなかご立派。

岩間寺


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山を下って、瀬田川のほとりに出ると、間もなく第十三番札所の石山寺が見えてきます。
紫式部がここで源氏物語の構想を練ったと言われ、千年紀の今年はイベントが目白押し。
源氏物語の一つ一つの場面を描いた、大きな屏風も置かれていました。
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ここの名物は、国宝の多宝塔。大きな岩盤の上に建ち、緑と調和していて見事です。

石山寺


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石山寺からはびわこ毎日マラソンのコースをたどって、瀬田の唐橋から湖岸道路に出ます。
ここからは湖岸に沿って、広々としたサイクリングロードがあって、湖からの風が清々しい。
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琵琶湖周航の遊覧船が並ぶ浜大津を経て、JR大津駅まで2時間7分の快適ランでした。

登山道も含めて19.4キロ。今月累計385.2キロになりました。体重は69.4キロ。
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勝尾寺から総持寺まで [西国三十三カ所ラン]

先週に構想をご披露した西国三十三か所巡礼ラン。きょうは早速実行に移しました。
きょうは第二十三番の札所の勝尾寺(かつおうじ)と、第二十二番の総持寺(そうじじ)。

まずは阪急箕面線で箕面まで行き、駅前から「滝道」を走り始めました。
「滝道」は両側に土産物屋や、名物の「もみじてんぷら」を売る店が並びます。
箕面大滝までは2.5キロほど。ここで軽い昼食をとって、勝尾寺に向かいました。

歩道がなく、細かなカープが続く山間の登り道。大型ダンプもひっきりなしに通るので、
注意しながら足を進めます。走り始めて45分ほどで勝尾寺につきました。
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ここの名前の由来は面白くて、平安時代に、この寺の座主が天皇の病気平癒の祈願をして、
それがかなったそうです。そこで、仏法の力が天皇の権力にも及ばないという意味から、
「王に勝つ」、すなわち「勝王寺」の名を天皇から賜ったのだとか。

あまりに恐れ多いという意味から、寺は「王」を「尾」に変えて名を受けたそうです。
以来、勝ち運のお寺として、源氏や足利氏の庇護を受けてきたのだとか。
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境内のしだれ桜はまさに満開。参道のシャクナゲも咲き始めていました。
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御朱印をいただいた後、山を一気に下り、大阪モノレールに沿って万博公園を目指します。
ガンバ大阪の本拠地、万博公園スタジアムを過ぎると、茨木の市街地はすぐ。
JR茨木駅から阪急茨木市駅を経て、2時間足らずで総持寺につきました。
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帰りは茨木市駅近くのスーパー銭湯でたっぷり水湯につかって、疲れをとり、
さらに「餃子の王将」でビールで晩酌しつつ、餃子3皿と酢豚を頂いて、帰ってきました。

2時間35分かけて、26.4キロ。今月累計240.2キロ。体重は68.3キロ。
カープはブラウン監督退場効果でベイに勝ち越し。アウエーでベース隠し、痛快、痛快。


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西国三十三カ所を走ろう!!  [西国三十三カ所ラン]

昨年10月に四万十川ウルトラマラソン出場のために四国・高知に行ってからというもの、
10代から20代にかけて揺り動かされ、オートバイで一部を回った巡礼願望が再燃しています。
日曜日に宝塚の中山寺まで走った時、一つのアイデアがむくむくとわいてきました。

「西国三十三カ所霊場」巡りは日本最古の巡礼道とされていて、
札所は大阪、兵庫、京都、奈良、滋賀、和歌山、岐阜に分布しています。
これを、なるべくモータリゼーションの力を借りずにやろうというアイデアです。
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中山寺はこの第8番札所ですが、三十三カ所の中でもやや別格の存在です。
西国三十三カ所の起源は、718年(養老2年)に長谷寺(奈良)の開基である徳道上人が、
閻魔大王から三十三箇所の霊場をつくり、人々を救済せよとのご託宣を受けたことだそうです。

当時は生前の罪業によって地獄へ送られる者があまりにも多いことが背景にあったとか。

閻魔大王から授けられた三十三の宝印は、当初中山寺に納められたそうです。
この宝印はこの270年後に花山法皇によって見つけ出され、自ら巡礼をして世に広めたのだとか。
三十三箇所の観音菩薩を参拝すると、現世での罪業が消滅し、極楽往生できると言われています。
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それぞれの札所では折りたたみ式の納経帖を示して、御朱印と墨書きをありがたく頂きます。
思い立ったが吉日。早速、この納経帖を700円で入手し、300円をお納めして御朱印を頂きました。

第一番の青岸渡寺(和歌山県)、第三十三番の谷汲山華厳寺(岐阜県)までは延長約1000キロ。
四国八十八箇所の約1400キロと比べると短いのだけど、札所は京都、奈良などに集中していて、
鉄道だけを用いるようにして、後はランで回るという方法でも効率的には回れそうです。

いつまでかかるか分からないけど、ま、当面は一人暮らしだしのんびり回ろうと思っています。

          ♪         ♪         ♪

けさは武庫川河川敷から、鳴尾浜に入り、今津浜で折り返すお気に入りのシーサイドコース。
1時間44分かけて、ちょうど20.0キロ。途中から雲が出てきて、気温は24度ぐらい。
今月累計293.8キロ。体重は69.6キロ。これから、確実に暑くなっていきます。
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