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十日戎、お参りに行ったのは「越木岩神社」でした [わが街にしのみや]

ぼくにとっては朝刊勤務明けの連休の初日ですが、思い切って30キロ走に出かけました。で、選んだのは武庫川河川敷を宝塚大劇場までさかのぼって、宝来橋で折り返し、阪急逆瀬川駅から甲山(かぶとやま)の裏側に回り込み、鷲林寺(じゅうりんじ)から夙川に下ってくるコース。

起伏がたっぷりあって、最近すっかりお気に入りのコースです。

年末以来、一回当たりに走る距離が伸びているせいか、なんだか調子がよくて、標高差250メートルぐらいのコースを気持ちよく登って下りて、2時間40分かけて30.5キロでした。

さて、きょうは十日戎(とおかえびす)。「商売繁盛でササもってこい」の文句で有名で、自宅近くの西宮神社は全国のえびす神社の総本社です。そういえば、きょう早朝「福男選び」もありました。

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ただ、この小さな神社に9日からの3日間でなんと100万人が訪れるらしく、人混みが極端に嫌いな僕がその代わりに訪れたのが、西宮では「北の戎」と呼ばれる越木岩神社でした。西宮神社とは対照的に地元の人たちがお参りに来る程度で、茅の輪くぐりがある境内を静かにお参りしました。

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ここの祭神は西宮神社と同じ「蛭子命(ヒルコ)」。ヒルコとはイザナギ(伊耶那岐命)とイザナミ(伊耶那美命)との間に生まれた最初の神だけど、不具の子だったために、葦舟で流されました。

流されたヒルコが流れ着いて神になったという伝説は日本各地にあり、西宮神社の社伝ではその場所が西宮だったとか。漂着したクジラが信仰の対象になったように、漂着神が転じて漁業の神になり、やがて商売繁盛の神様になったんですなあ。

ちなみに越木岩神社の祭神は、高さ10メートルの甑岩(こしきいわ)。豊臣氏が滅びた大阪夏の陣のあと、徳川氏が大阪城を修築しようとした際、この岩を石垣に使おうと石工が割ろうとしたところ、割れ目から鶏鳴が湧き上がり、白煙が立ったため、作業を断念したとの伝説が残っています。

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この甑岩は女性の守り神とされ、子育て、安産のご利益があるそうで、妻にお守りを買って帰りました。今月累計は103.8キロ。体重は69.4キロ。

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初代阪神パーク…残がいに往事の繁栄をしのぶ [わが街にしのみや]

僕の普段の練習場所のほとんどは、武庫川や夙川、芦屋川など水辺を走るコースです。
さすがに夏場は日陰が少ないという理由で避けることが多いですが、でも夕暮れ時などに、
水遊びをしている子供たちを見ながら走るというのは、こちらもどこか涼しげな気持ちになる。

なかでももっとも好きで、よく走るコースは甲子園浜。甲子園球場からは1キロほど離れていて、
海辺に沿って遊歩道があります。遠くからランナーの友人が来ると必ず連れてくるとこです。

きょうは、その甲子園浜に戦前にあった遊園地のお話です。

遊歩道脇の浜辺には、大阪湾に飛び出す格好で岸壁の残がいが広範囲に残っています。
ながく気になっていましたが、最近近くの市自然環境センターに立ち寄った時に謎が解けました。
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話は昭和初期。阪神電車は甲子園球場の開設を手始めに、この一帯の開発に着手しました。
住宅地やスポーツ施設のほか、欠かせなかったのは他の関西の私鉄沿線と同じく娯楽施設でした。

そこで1929(昭和4)年に、現在の甲子園浜の敷地2万坪に、温浴施設、映画館などを備えた、
「甲子園娯楽場」が誕生しました。昭和7年には「浜甲子園阪神パーク」と改称されました。
その後、動物園や水族館も増設され、大阪や神戸から大勢の家族連れでにぎわったそうです。
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水族館は国内最多の48羽がいたペンギン、動物園は「モンキーアパート」が目玉だったそうで、
さらに昭和11年には和歌山で捕らえたゴンドウクジラを池に泳がせて、話題を呼んだそうです。

ところが第2次大戦の激化で、この敷地一帯は飛行場建設のために海軍に接収され、
隣接していた競馬場(当時)を含めた一帯に、クロス状に2本の滑走路が建設されました。
もちろん阪神パークは施設が取り壊され、海辺にわずかに岸壁の一部が残されたそうです。

阪神パークは戦後の1950(昭和25)年に、甲子園球場の近くで営業を再開しました。
高度成長期に全盛期を迎えましたが、 ユニバーサルスタジオジャパン(USJ)開業のあおりで、
利用者が減少し、2003年3月に閉鎖されました。跡地は商業施設「ららぽーと」になっています。

現在、甲子園球場の大型バスの駐車場の一つは「くじら池駐車場」と呼ばれています。
言うまでもなく、これはあのゴンドウクジラを泳がせていた池の跡地なんだそうです。

最近ここを走るときは、あのクジラ、どうしたのかな…。切ないなあ…、と考えてしまいます。

                           ♪

カープは旭川のジャイアンツ戦で永川が救援失敗。2点リードの九回、亀井に2ランを浴びました。
7月31日の横浜戦の悪夢のような3失点の後遺症は、1日の通算150セーブで取り払われたはず…と、
期待していましたが、気負って冷静さを欠いたのか、好調の亀井に余りに単調な配球。

ベンチに下がって頭を抱えた気持ちは痛いほどわかりますが…、マーティー、永川を休ませましょう。
代役はシュルツが務めてくれるはず。今の彼にはまず、自信を取り戻させることが大切でしょう。

午前はジムで42分かけて7.6キロ。夜に国道2号を芦屋川まで、1時間10分かけて往復13.0キロ。
今月累計は31.6キロ。体重は70.4キロ。8月はナイトランを中心に250キロを目指します。

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武庫川でぬうっと生息するヌートリア君 [わが街にしのみや]

さて、きょうは妻との3回目の結婚記念日でした。と言っても、2人とも忘れていて(昨年もだった)、
夜になって、妻の父親からのメールでそれを知るという、おおぼけ夫婦ですが。
関西での新しい生活が始まったばかりですので、皆様よろしくお願いします。

きょうは動物のおはなし。いつも妻と走る武庫川河川敷にはカワウソに似た動物が棲んでいます。
ま、ニホンカワウソの目撃例は1979年以降ないらしいですから、本物だとしたら大変なことですが、

いろいろ調べてみると、ネズミ目のヌートリア(スペイン語でカワウソ)。南アメリカが原産地で、
戦時中に軍服用の毛皮を取るために輸入したものが野生化。現在は各国で帰化しているそうです。
日本名の「沼狸」(しょうり)が「勝利」とかけて縁起がいいと考えられていたようで。
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きょう妻がジョギングした時には国道2号と阪神本線の間の西宮側のコンクリート護岸で、
つがいで日向ぼっこをしていたらしく、名前のとおり「ぬう」っとした顔に愛着を感じたのだとか。

ウィキペディアなどによると、水生植物の葉や地下茎を主食とし、季節を問わず繁殖。
年に2、3回出産をして、平均5匹の子を産むため、繁殖力はかなり強い様子です。

日本では侵略的外来種として問題にされ、穀物や葉野菜に対する食害のほか、
トンボや在来種の生態系への影響も深刻なのだとか。水田のあぜを壊す被害もあるようです。

1970年代のイギリスでは、10年がかりで約100万頭を捕殺し、絶滅にまで追い込んだとか。

「ぬう」っとした感じのヌートリア君。罪はないのだけど、連れてきたのは人間なんだよなあ。


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夙川、芦屋川、西宮浜…お花見28キロ走 [わが街にしのみや]

やや足に疲れが残っていますが、きょうは「ひとり花見ラン」敢行を決めていました。
お昼過ぎに自宅を出て、国道2号をまず西へ。まずは夙川公園の桜並木です。
夙川公園の桜は1700本。日本さくらの会に「日本さくら名所100選」として認定されています。
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次はさらに国道2号を西にすすんで、JR芦屋駅あたりを左に折れると茶屋之町。
オープンカフェと桜並木がよくあった、芦屋っこの最近人気のスポットなのだそうです。
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いつも走りに来る、芦屋浜の人口島に渡ると、ここにも若い桜の樹が点在しています。
きょうは水上スキーの大会があって、選手を鼓舞するディスクジョッキーの声が響いてました。
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阪神高速湾岸線沿いの道を西宮浜にわたり、西宮ヨットハーバーに向かうと、
新しい高層住宅街の下にまだ樹齢は若いけど、いい雰囲気の桜並木があります。
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ここから甲子園浜にわたり、臨港線をへて、武庫川を尼崎側に渡って、河川敷に降りると、
珍しい橋上駅の阪神武庫川駅を過ぎたあたりに、いい感じの桜並木があります。
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ここから家に帰って、27.6キロ走。2時間25分でした。体重はぐっとへって、68.2キロ。

今月累計では94.2キロ。土曜日ランで雨に打たれて、珍しくやや風邪気味です。
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マンホールのふた…よくよく観察すると [わが街にしのみや]

カメラを持って走っていると、草木のほかにもいろいろ気になるものがあって、
その一つがマンホールのふたです。自治体の名前に、街のシンボルが刻まれていて、
デザインが優れているもの、そうでないもの、さまざまですが、カメラに収めたくなります。

手前味噌になりますが、デザインが一番優れていると思うのは、わが西宮市かな。
西宮の酒蔵と、甲子園球場が描かれ、周囲には夙川のサクラが散りばめられています。
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西隣の芦屋市は芦屋川沿いに約1キロに渡って続く、黒松並木。もうちょい凝ってほしいな。
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その隣の神戸市は錨山、市章山に海、そしてポートアイランドの街並み。
長方形の消火栓はポートタワーと風見鶏の館、スカイマークスタジアムがあしらってあります。
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西宮市の東隣、尼崎市はややわかりにくく、ドジョウとメダカ、トンボ。そしてキョウチクトウ。
工場地帯で公害でも知られる街ですが、「清流」への願いをかけたものだそうです。
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尼崎の北隣、大阪国際空港がある伊丹市は昆陽池(こやいけ)公園の白鳥たち。
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そして宝塚市は歌劇団のシンボルであり、市花でもある「スミレ」。そしてカリオンの鐘。

花園ラグビー場がある東大阪市はラグビー。これはなかなか秀逸。
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滋賀県大津市は琵琶湖汽船に大橋、さらにボートや花火まで描かれ、ごちゃごちゃしすぎ。
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というわけで、これからも地道にマンホールのふたウオッチングを続けたいと思います。

                      ♪

土曜日朝は国道2号を芦屋川まで、芦屋浜、西宮浜、甲子園浜を経て、自宅まで21.8キロ。
1時間57分でした。今月累計は202.2キロ。体重は69.8キロ。70キロを巡ってせめぎ合い。
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ああ、懐かしの西宮スタジアム [わが街にしのみや]

妻はけさの関西空港からの便で札幌に帰っていきました。余りに早い時間の便なので、
昨夜は大阪・難波のビジネスホテルに滞在し、道頓堀や心斎橋を案内してきました。
短いお正月でしたが、妻にとっては春からの生活を想像する貴重な時間だったようです。

2日は自宅近くの旧西宮スタジアム跡地に昨年暮れに完成した西宮ガーデンズに行ってきました。
お正月で混雑するショッピングモールなど、僕にはまったく関心がないのですが、
妻にとっては、専門店を見極めたり、品揃えをチェックするのは大切なことだそうです。

そんな僕にも、「ガーデンズ」のなかに、一つだけ強い関心を抱いていた場所がありました。

阪急西宮ギャラリーには、阪急電鉄の沿線開発の歴史をビデオとパネルで展示しているほか、
1983年当時の球場周辺と西宮北口駅付近の様子がジオラマとして再現されています。
神戸線と今津線が十字型に平面クロスしていた「ダイヤモンドクロス」が残っていたころ。
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西宮には中学生の頃、滋賀から転校した友人がいたので、当時からよく遊びにきていました。
甲子園はもちろん、ブレーブスの本拠地だった西宮スタジアムにも何度か通いましたが、
もっとも記憶が鮮烈なのは1984(昭和59)年の日本シリーズ、ブレーブスvsカープ。 

ぼくは20歳の大学3年。第3戦から第5戦まで続けて、西スタジアムの左翼席に通い続けました。
カープは第4戦、山本浩二が山田久志から決勝タイムリーを打って王手をかけたのだけど、
第5戦は逆に今井雄太郎にひねられて西宮での胴上げは見られなかったのでした。

結局は第7戦までもつれ、カープが優勝。うわわ、こうして書いているだけでどきどきする~っ!!

というわけで、そんな光景を思い出しながらひとりノスタルジーに浸って、ジオラマを眺めてました。
この場所、妻が買い物に熱中している時の、夫のエスケープ先として、いいかもしれません。
もしや、そんなことまで考えて、このコーナーを作られましたか。阪急さん。

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父が好んだ酒蔵を訪ねて [わが街にしのみや]

引っ越してきて、初めて知ったのですが、西宮には大手酒造会社が多くあります。
大関や白雪、日本盛、多聞、白鹿、金鷹などはすべて西宮のブランド
昨日のブログでも触れましたが、灘の酒は、灘五郷と呼ばれた五つの地域が産地でした。

灘五郷とは、東から今津郷、西宮郷(西宮市)、魚崎郷、御影郷、西郷(神戸市)。
このうち、西宮郷にあった清酒白鹿は亡くなった父が好きなブランドでした。
当然のように、ぼくが酒を飲み始めたころ、好んで飲んだのも白鹿でした。
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白鹿の醸造元の辰馬本家酒造の酒蔵は第二次大戦で戦災を免れ、
阪神大震災でも倒壊せず、現在では「酒蔵館」として酒造りの歴史を伝えています。
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気になっていたので、夙川のランニングの帰り、立ち寄って見学してきました。
酒蔵館の隣には、桜に関する文献や美術作品を集めた酒ミュージアムがあり、
ここも合わせた入場料は500円。お土産にお酒も頂きました。ありがたや。

酒ミュージアムでは、「櫻男行状 生涯を桜に生きた櫻男の自叙伝から」と題した、
特別展が開かれていました。掛け軸や書画、古伊万里もすべて桜にちなんだもの。
撮影禁止でしたが、すっかり目の保養をさせていただきました。

        ♪         ♪         ♪

昨日は朝、自宅から武庫川河川敷左岸を宝塚大劇場まで。復路は右岸にわたり、
宝塚温泉、宝塚市役所を経て帰ってきました。2時間3分かけて23.8キロ。
サロマペースから、最後はキロ4分20秒まで上げていくビルドアップ走でした。

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河川敷にできた甲子園 [わが街にしのみや]

新カテゴリーです。これまでの「北のくにから」に代わり、自宅近くの探訪記をつづっていきます。
日曜日に宝塚走をしたあと、あまりに天気がいいので「もったいない」と、自転車お散歩でした。
西宮市と言えば、甲子園です。センバツが終わり、きょう火曜日からはいよいよタイガース戦。
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これは、スコアボードを裏から見上げたところ。タイガースのグッズショップも商品納入で忙しそう。
なんと言っても、いまは2000本の金本グッズ。カープを去った金本ですが、彼にはカープ魂を感じます。

ところで甲子園は明治38(1905)年に開通した阪神電鉄が建設し、大正13(1924)年に完成しました。
これはよく知られていますが、干支の甲子(きのえね)にあたる年だったのが由来です。

球場があるところは、古くから暴れ川として知られた枝川、申川(さるがわ)の分岐点にあたり、
河川改修でこの二つの川の流れが武庫川に統合されて、その河川敷跡地に建設されたそうです。
球場の周辺にいまも残る古い松並木は、これらの川の堤防にあたる場所だったようです。

甲子園の東側は球場ができる前の明治42(1909)年、高級分譲住宅地として開発されたところで、
森繁久弥さんがすんでおられたこともあるようです。いまもハイソな住宅地の面影を残しています。

話がそれましたが、その甲子園に乗り込むのは15日からの3連戦の真ん中、16日になりそうです。
もちろん大学生のころ通ったレフトスタンドに、背番号「71」のユニをまとって、行って参ります。

          ♪         ♪         ♪

きょうも出勤前に、武庫川河川敷を阪神本線~宝塚市役所間。2時間3分かけて往復22.4キロ。
3月下旬に使い始めたサロマ用の「DSトレーナー13」にも足がなじんできました。
今月累計75.4キロ。体重は69.6キロ。日差しがなくて涼しく、快適なランでした。
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